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羊羹を、よう噛んで食べなさい

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羊羹という菓子はなんとも魅惑的なもので、
ほんと好きなわけですが、そういえば・・・

そういえばのくだりでいうと谷崎潤一郎の陰翳礼讃
を思い出すわけです。

そのくだりというのが、

そういえばあの色などは瞑想的ではないか。
玉のように半透明に曇った肌が、
奥の方まで日の光を吸い取って夢みるごとき
ほの明るさをふくんでいる感じ、
あの色あいの深さ、複雑さは、
西洋の菓子には絶対に見られない。
クリームなどはあれに比べると何という
浅はかさ、単純さであろう。
だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の
菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる
暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。
人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、
あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって
舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない
羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。

というやつですが、この前日本の美が
失われてしまったなあなんて話が少し
でたのでふむふむ考えてたんですが、
失われたのは美意識といった意識の
方で、羊羹を日の光を吸い取って
夢みるごときほの明るさをふくんでいる
感じと感じる感覚なんだろうなあと
思います。

それをこの前プランニングしている時に、
少し公共の建物になるとそこに居る人の
感覚と管理する側の感覚がどうしても
分かれてしまって、見やすいとか、
並べやすいとか、行きやすいとか、
どうしてもしやすい方向にいって
しまいがちで、そこにある現象を
どうもそのまま捉えるのが難しい
なあと感じていたわけです。

それを鮮やかに反転させる建築家さんたち
もいるわけですが、その手法を真似した
ところでどうともならないので、
ヒントはないものかと結構な時間
その敷地の付近をぶらぶら歩いて
みたわけです。

その町は少し不思議な町で、敷地境界に
塀があまりないです。それは敷地の狭さ
故というわけでもなくて、そこに住んで
いる人たちの他者との距離感が遠くない
ということに由来していると思いますが、
その敷地境界の緩さをもし計画している
敷地に引き込んでいきつつ、そこに
人の行為が発生する場所ができたら
見えてなかった魅力が浮かび上がって
くるのではと。

内部を気持ちよくつくるのはある程度
できるとは思いますが今回はなんか
違うなと。この町に建つという意味あい
を考えてこの建物が建つことでこの町
の持っているそれは実は魅力的なこと
なんだよというのをかたちにできたら
いいよなあと。羊羹をよう噛んで
食べながら、なんて美意識の詰まった
食べ物で、かたちになってるんだなあ
これはと思ったりしましたねえ。











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by morimoto_a | 2019-11-29 00:32 | いろいろ | Trackback | Comments(0)